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ヴェネツ ィア アドリア海の真珠

2014年8月24日(日)曇りcloud

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私達の旅行、実質四日目となりました。

イタリア半島の南から北に向かっての旅。この日は、アドリア海に浮かぶヴェネツ ィア  。

ナポリ⇔ローマ間は、約220km、ローマ⇔フィレンツェ間約300km、フィレンツェ⇔ヴェネツ ィア間200kmヴェネツ ィア⇔ミラノ間約300kmと中世独立国家のイタリア5大都市間の距離は、程よい間隔です。

これくらいの距離がありますとバスの中でちょっとした休息ができます。sleepy

ヴェネツ ィアは、アドリア海の真珠といわれその美しい佇まいは世界遺産。

私は、英語のヴェニスという地名で尋常小学校のころ社会科で習ったような・・・・記憶がありません。(笑い)そうですね。習ったのは戦後の新制小学校。

近くで寺小屋しょう~・・・なんて声が。ムッ!

ベニスといえば、シェークスピアの「ヴェニスの商人」って反射的に浮かびます。高校生のころシェークスピアは読みましたので「借金の担保に自分の肉」・・・・こんなとこだけは覚えています。あと、運河とゴンドラ、カンツォーネ。

ヴェネツ ィアは118の島からなって、運河の数150とか、そして橋の数400。

驚いてしまいますね。

こちらに来るバスの中で、窓外に見える内地の広大な土地を眺め、何故、沈みそうな島が良いのかしらって疑問に感じました。

でも、歴史的な理由はあるにせよ、中世海運国では、物資は船で輸送しますから、島の方が便利ですね。

中世には鉄道も車もありませんから頼りは船。運河が作られた理由も分かりました。

ま、そんなことで陸路ヴェネツ ィア本島の入り口まで長いクベルタ橋を渡ってバスで乗り入れました。

橋を渡り終えますとそこから先は、徒歩か船で移動します。ヴェネツ ィアは、運河が網の目のように張り巡らされていますから車の乗り入れは禁止。

ところで、下のへたな図が大まかなヴェネツ ィアですが、ヴェネツ ィア本島の面積は、5㎢と大変狭いですね。このような島が集まって国家を形成し中世偉大な発展をしました。

その遺産が人類の宝になったこと、信じられませんが人の力の奥深さを改めて知らされることとなりました。昔のヴェネツ ィアの人頑張ったのね。

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それでは、お時間拝借しまして本島の名所へ・・・・・・・・。

バス降りて少し歩きますと、駅があり名前見ましたらサンタ・ルチア駅。どこかで聞いた名前。

サンタ~ルチア・・・・♪イタリア民謡にありましたが・・・・でもこの歌はナポリの港のサンタル・ルチアのこと。・・・・・聖ルチア・・・。この駅も同名聖ルチア。

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ホテルは駅から歩いて5分という繁華街の中。まずはホテルに荷物を置いていざ!出発。

行く先はサンタ・ルチア駅から大運河カナル・グランデの終点にあるヴェネツ ィアを代表する場所、サン・マルコ広場へ・・・・・船は、駅前から乗れます。

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運河を船で気持ちよく進んでいったのですが、途中にある見所、見とれてはいたのですが識別がつかず行も帰りも何となく見過ごしてしまいました。ま、反省ですね。

運河の終点サン・マルコにつきました。

サン・マルコ広場は、ヴェネツ ィアの一番の見どころです。私たちのこの日の予定はサン・マルコ広場中心の見学と、ゴンドラに乗ることでした。まずは、サン・マルコ広場へ。

船着き場の正面に見える建物、バラッツオ・ドウカレ宮殿(統領宮)

この建物、9世紀初頭から統領宮でその後改築など手を加えられ15世紀に現在の建物になったそうで、この建物はゴシック様式によるヨーロッパの一大傑作だそうです。

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この絵は、プチントーロの帰還  カナレット1729年 この絵にある建物ドウカレ宮殿現在と同じ姿ですね。あとから出てきますが2本の円柱も見えますね。

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ドウカレ宮殿の横に運河があり、その運河に架かる橋、名は溜息橋。左側の建物が宮殿で右側が牢獄。裁判で有罪になると橋を渡って牢獄へ・・・地下の牢獄は満潮時水位が上がると水浸しになってここに入ると二度と戻れないということで橋を渡る際溜息が。

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ドウカレ宮殿の左側、図書館との間に小広場がありますがここから、サン・マルコ寺院に向かいます。小広場の入り口に12世紀に建てられた2本の円柱が立っています。円柱の上には、有翼の獅子像(ヴェネツ ィア守り神・共和国の紋章)と聖テオドール。ここを守ろうと海の方を見ています。

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小広場、上から見ますとこんな感じです。左の建物が宮殿。右が図書館。入口に上で書いた2本の円柱が見えます。

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小広場を奥に進みますと、サン・マルコ寺院。上の方で工事していて上部が隠れています。残念でした。


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寺院の正面はこちらです。重厚感溢れる建物です。

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この絵は、聖マルコの奇跡を祝う行列 ジェンティーレ・ベリーニ 1496年 サンマルコ広場と聖マルコ寺院が描かれていますがほぼ現在と同じ姿ですね。

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中は、こんな感じで、5つのドーム屋根があり黄金のモザイクで装飾されるなど豪華。

聖・マルコの遺骸を二人のヴェネツ ィア商人がエジプトから運び、安置するために寺院が建てられたということです。

時代は西暦828年のこと。その後増築され11世紀に現在のようになったということでした。

ところで、聖マルコという人どんな人?

阿刀田 高著「新約聖書を知ってますか」によれば、「イエス・キリストがなくなってその後20年ほどたってパウロの手紙が次々に書かれ、60年代にマルコの福音書が書かれ、80年代にマタイによる福音書、ルカによる福音書が書かれている。・・・・・・・新約聖書27巻が聖典として正式に認められたのは西暦397年のカルタゴの宗教会議においてだった。」

何となくわかった感じですが・・・最初にキリストの言行録(福音書)を書いた人。名に「聖」がついてますから聖人。・・・・偉い人ということで。

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サン・マルコ広場・・・・ナポレオンが世界で最も美しい広場といったそうです。

正面が寺院。右のとがった建物が鐘楼。左の建物が旧の行政館政庁で右が新の行政館。

広場は大理石ですからナポレオンでなくても美しいっていいますね。左右の新旧行政館の一階には、ショップがあってここ覗いたのも楽しかったです。

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左の写真、旧行政館側。正面の建物は、時計塔。時計塔は、15世紀に建てられたもので今でも時を刻んでいますから驚きですね。右の写真は、広場のカフェ・・・お洒落ですね。

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寺院の見学を終え、ヴェネツ ィアンガラス工房見学。添乗員さんに案内され、と、ある建物の2階へ。

凄いでしょうね。そんな期待を込めてまいりました。部屋には説明者とおじさんが一人いて、おじさん見事な小鳥を作りました。その間3分ぐらいでした。

そして別の部屋に全員が集められ品物の説明。値段がうん万円!

それが終わると大勢の店員さんが出てこられて、お客一人に店員一人。

完全に逮捕されて(笑い)逃げるの大変だわ。マンツーマンですから。(笑い) 

保釈金お変わりに、私は、トンボ玉一個2500円を5個買いました。これだって12500円ですから。保釈されやれやれでした。(笑い)

ベネチアングラスは、叔母からもらったものが一式あったので、もういいわって感じでした。これ、驚いたことに、7~8万円してました。

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工房見学と称したイベントが終わって自由行動。みなさんお好きに…ということでしたが、今回の旅行で、この約2時間の自由行動が良かったですね。

私はヴェネツ ィアを上から眺めたくて早速、鐘楼に上がりました。鐘楼の高さは、96,8m。

9世紀のものが1902年に倒壊し再建されたそうで、今ではエレベーターで上に上れます。有料になっていまして、暫く並び最上階につきますとまさに360度の視界でした。この島が真珠の意味ようく分かりました。

サン・マルコ広場が眼下に・・・広がっていました。

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サン・マルコから運河を隔て、サン・ジョルジョ・マジョーレ島を望みました。サン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂は、16世紀の起工でティントレットの最後の晩餐があるそうです。が、ティントレットを知りません。トホホ・・・

聖堂の姿美しいですね。まるで絵のようです。

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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネチアにおけるバロック様式の代表的な建物。運河挟んでたつ姿美しい。1631年竣工、完成まで半世紀以上かかったそうです。

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ここどこの島?わかりません。

ヴェネツ ィア映画祭は、本島から少し離れた島のうちリド島で開かれているそうです。どれがリド島かわからずでした。

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これは、前に出ましたドウカレ宮殿。西側から見ています。手前は小広場。

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ドウカレ宮殿の後ろにサン・マルコ寺院の屋根。

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鐘楼から眺めた景色に大満足しここを後にして、広場に出ました。

カフェでは演奏が・・ここのカフェ、名前カフェ・フローりアン、ワーグナーらが通ったという伝説の店で、雑誌で紹介されています。お店の前でパチリ、中には入りませんでした。

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行政館の下のお店には、ヴェネツ ィアの仮面などが並んでいて面白かったですね。

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この後、広場の突き当りが博物館になっていまして覗きたいと思いましたが時間の関係で博物館の下を通り抜けて広場から離れました。

広場の外には、シャネルなどブランドショップが並んでいまして、お目当てのルイヴィトンへ。そこで、リンゴのためにお財布を一つ買いました。リンゴには志望大学受かったときのお祝いということで。まだ先のことですが、馬の鼻先に人参・・・・効き目はあるかしら・・・

ルイヴィトンが終わって、今度は広場に戻り、反対側、サン・マルコ寺院の裏の方に適当にいってみました。こういう冒険的なことはワクワクしますね。運河や橋にぶつかりながら迷路のような路。

もう少し先、もう少し先と歩きましたら、レース屋さんを発見。ヴェネツ ィアでは、ブラーノ島のレースが有名。16世紀と古くからある伝統的なものですからエイ!とお店に入りました。

やはりよいものがたくさんありました。欲しいものがあったのですが値段が・・・それで一枚ばかりget・・・・でも楽しかった。

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ヴェネツ ィアの裏どおりは、迷路のようですからついに誰もいないところに出て、見ましたらお隣の国の人でしょうか。結婚式の写真を撮っていました。専門のカメラマンをどうこうしているような感じでした。感激縫って、写真撮って良いか断ってパチリ!ロマンチックですね。

こんなことして気がつけば、時間がないわ。どう帰ればよいか私にはわかりません。ぐうたら亭主犬見たいですから絶対間違えません。無事集合場所にぴったりの時間についてめでたしめでたしでした。


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このあと、ゴンドラに・・・・何台かに分かれて約20分くらいでしょうか。ゆったりと水上都市の景観を楽しみました。驚きましたが、舟のこぎ方日本の伝馬船に似てましたね。



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ゴンドラが終わって、船を乗り換え大運河をホテルのあるサンタ・ルチアに戻りました。時刻は7時半を回っていました。今日の夕食は各自で・・・・・。

私は、こちらに来てスパーにいっていませんから亭主に行きたいって頼みました。

ホテルの方に伺って・・・・街をぶらぶら行きますと・・・・・コープをみつけました。

牛乳、サラダ、生ハム(パックにいっぱいで500円)、あと、ホテル近くにあったお店でベーコンと野菜の入ったサンドイッチをgetしてホテルで慎ましい夕食。

ホテルの周りは、こんなぐわいでした。マカロンのお店、7時半には閉めてました。

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夕食のサンドイッチと生ハムとミルクとあと何か?生ハムは私の大好物。亭主は食べませんから私だけで食べて、お腹いっぱい。亭主はミルクのみ亭主ですから、ミルクさえあれば満足。、イタリアにきて一番おいしい夕食でした。(笑い)これ、ほんとの話。

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参考 この日のレストランでの昼食、イカ墨のスパゲティなどでした。

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bell bell・・東北の復興・・・・・どうなっているのでしょうか。記憶から遠ざかっていくことが心配です。マジョリン

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