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バァチカン市国  最後の審判とiピエタ

2014年7月30日(水)晴れsun

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2日目はバァチカン市国とローマ歴史地区の観光。前半のハイライトです。

そのうちの今日はバチカン市国のことです。

バスは、ホテルを7時半出発。ローマの中にポツンとあるバァチカン市国までは数十分で着きました。写真の場所でバスを降りここからは歩きました。凄い塀が市国を囲みます。

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添乗員さんのバスの中のアナウンス。イタリアはスリが多いので気を付けてください。バァチカンの中は、特に多いのでバックは前に抱えて手を添えて・・・・・。

昨日のナポリ行きのときもそうでしたが、以降毎日「スリに注意」は繰り返されました。

ありがたかったのですがイタリア人見るとスリに見えて・・・・これ冗談ですが確かに安全な日本とは事情が違うのでしょうね。

繰り返しての注意が効果あったのでしょうか、旅行中スリにあった方はいませんでした。

私の場合、しかっり前を向いて隙を作らない、その姿、剣豪宮本武蔵。いえ、黒田官兵衛。

ぐうたら亭主は、口パカンとあけて天井見たりして私から見ればすきだらけでしたが被害にあいませんでした。

スリはプロですから分かるんですね。お金持っていない人。(笑い)

添乗員さんからバスの中でもう一つ重大な発表。

「今日水曜日は、礼拝のある日なので礼拝堂へは入れません。

したがって礼拝堂の中の説明は、ガイドさんが庭で説明いたします。」

え?と耳疑うようなアナウンス。

思わず、バスの中は水を打ったようにシーンと静まり返ってしまいました。

亭主、ボソボソって私に・・・・計画、何故見学できない日にしたのか、それでは目玉の「最後の審判」が見られない。・・・・・と怒っていました。

一人を除いて紳士淑女一同、平静を保ちバスを降りここで現地の日本人ガイドさんについて開館時間9時に合わせバチカンの中に足を踏み入れました。

(写真 バァチカン美術館入口。ここから入りました。)

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40代後半と思われるこの方、流ちょうな日本語で(笑い)説明がとてもお上手。

一気に見学が盛り上がりました。

まずは、この庭に出て、バァチカンの概要について説明がありました。多くの団体がここにいましたので同じパターンのようでした。

写真 大聖堂の屋根が見えるここ、絵画館の前庭が撮影ポイントとかで少し時間を与えられ撮影会。

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庭での説明は終りいよいよ中に入ります。まずは、入り口でセキュリティーチエック!

私たち団体、怪げなのは亭主しかいませんでしたので全体としては、流れはスムース。

そういえば、フランスの空港でチェック受けたとき亭主だけ靴まで脱がされ汗かいていました。私、空港の中をはだしで歩いている人、見たのはじめてでした。(クスクス)

(写真 バチカン絵画館)

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中に入ってから、ガイドさんからシステーナ礼拝堂の見学は、今のところOKのようですからできるだけ早くまいりますとの説明がありました。一同安堵しました。

見学の順路は、燭台のギャラリー→タベストリーのギャラリー→地図のギャラリー→システィーナ礼拝堂→サン・ピエトロ大聖堂の順でということでした。

とにかくバァチカン宮殿の中、最高水準の芸術品があふれていますので例によって主なものだけに絞ってのガイドでした。

そんな中、これ素晴らしいわなんて足を止めてしまいますと置いて行かれます。その辺をうまく自分でコントロールするのがツアーの極意です。

あら、誰もいない!キョロキョロ・・・・結構ありましたね。(アセアセ)

まずは。階段登って2階の燭台のギャラリーへ  壁に沿って燭台が置かれていることからこの名が・・・たくさんの彫刻が置かれていましたがここはスルー。

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次はタベストリーのギャラリーです。ちょっとうす暗い感じでしたが作品を痛めないための配慮でしょうか。とにかく気の遠くなるような古の作品です。物語を織り込んだこれも気の遠くなるような作業してできた作品ですからゆっくり見たかったのですが・・・ここも急ぎ足で・・。写真撮るのが精いっぱいだったと記憶しています。

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天井が黄金に輝く地図のギャラリー  イタリア各地などを描いた地図が両側にかけてありました。16世紀に描かれたものだそうです。

このギャラリーの長さは120mもあるそうです。幅は6メートル。天井の絵をみながら一方ではスリを気にして・・・・。私達、夢中で上向いていますからね。ここ、ウサイン・ボルトが全力で走っても10秒切れないと思うわ。 

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地図のギャラリー抜けますともうすぐシスティーナ礼拝堂です。その前に二部屋ほど見ました。

無原罪のマリアの間へ・・・・壁画の前にマリア様の像が立っています。この部屋は、19世紀と比較的新しくできた部屋だそうです。

無原罪の御宿り・・・マリア様は生まれながらにして原罪はなかった唯一の人間。

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この部屋をでて、ラッファエロの間に行くのかと思っていたのですがここはパスして、本日のハイライト、システーナ礼拝堂です。

ここは教皇様が礼拝する場所ですから撮影禁止でした。

というわけで、ここに描かれているミケランジェロの最高傑作「最後の審判」「天地創造」の写真は撮れませんでした。

ここには、他にもポッテチェリなどのフレスコ画もあるのですが・・残念です。

このままでは、竜の目書き忘れたことと同じですから私が持っている本の中の写真をお借りしてパチリしました。

これがその写真です。中央にキリスト、その横にマリア様 最後の審判・・・天国にいかれる人、地獄に落ちる人が描かれています。よく見ますと、亭主に似た人が地獄に・・・いえ、いませんでした。よかったわ。亭主私の横でしっかりと息してましたから。(笑い)

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この礼拝堂の壁画、1980年から修復が始まったそうです。修復も終わって今はミケランジェロが描いた当時の姿が再現されていました。

天井に描かれたミケランジェロの力作、天地創造・・・・「アダムの創造」、「原罪と楽園追放、「ノアの泥酔」、「大洪水」などすごい迫力でした。

(写真 ミケランジェロ作、天地創造から「アダムの創造」)

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いずれにしても礼拝堂の中のこと、私の能力では説明不可能です。

とにかく圧倒されるスケールでした。次にまいります。

カトリックの総本山サンピエトロ大聖堂です。

この中にも多くの見所が・・・・・

まず入ってすぐの右側に、これもミケランジェロの最高傑作「ピエタ」があります。

ピエタの意味は、イタリア語で敬虔な心、慈悲を表す言葉だそうです。

この彫刻は死んだキリストをマリア様が哀しみながら抱いている。

とにかくマリア様の悲しげで慈愛に満ちた顔が美しく、衣服の一枚一枚のひだまで悲しみに震えているようなそんな印象を受けました。まさに傑作中の傑作!

娘のラズベリーが旅行前に、送ってくれた作家阿刀田 高さんの「新約聖書を知っていますか」には、ピエタのこと、

「そのみごとさは、真実、ただ事ではない。等身大より少し大きいマリアが裸のイエスを膝に抱いて見つめている。

力なく崩れたイエスの姿は痛ましいが、それを見つめるマリアの表情が・・・・まことに悩ましい。

悲しみをたたえながらも、息をのむほどに美しい。神々しい。マリアの脳裏に去来したものはなんだったのか。見るもののイマジネーションをかきたてずにはおかない。」と記していますのでこれ以上のことは書けませんね。

(写真 ピエタ)

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大聖堂の中、ドームを下から見上げました。

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前にあるブロンズ製の大天蓋は、ベルニーニ作の「バルダッキーノ」、右は、ペテロのブロンズ像

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栄光の司教座・・・ベルニーニ作 ここで殉教した初代教皇ペテロが使ったという玉座がこの中に収められているそうです。

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さて、大聖堂を出ますと、そこはベルニーニが設計したというサン・ピエトロ広場。

この広場から教皇の執務室の窓が見えると説明がありました。執務室は、左の写真の正面建物の右にある建物だそうです。

広場をぐるっと取り囲む半円形の回廊の上には140人の聖人の像がありました。

ガイドさんの受け売りで確認はしていません。

バァチカン市国での私の最初で最後の仕事、帰り際、バァチカン郵便局によって娘、ラズベリーあてに手紙を出しました。私と手紙どちらが日本に早くつくかしら・・・。あ、そうそう添乗員さんに不機嫌な顔ばかりしている亭主も小包で送り返そうと思ったのですが断られました。(笑い)

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お土産

郵便局の下のショップで大急ぎで目についたものをget

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これは、一番高い本でした。(エヘン!)

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感想  あっという間に、面積は狭いけど偉大な国を駆け巡ったような気がします。素晴らしいもの見たのに、なぜか全体の印象は薄く感じます。何故かしらって考えたのですがよくわかりません。

ガイドさんがいなければ困りますが、時間に制約されたガイドと自分の望むものとが合わなかったのかもしれません。できるのなら私みたいな人間は、気ままに好きなところ回るのが良いのかもしれません。そんな見学の仕方がここではベストですね。

それにしてもラッフアエロの部屋、覗きたかったわ。

(見学時間、約1時間)

次回は、ローマ歴史地区です。



bell bell・・東北の復興・・・・・どうなっているのでしょうか。記憶から遠ざかっていくことが心配です。マジョリン



































































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